大学生で気付いたら自由を忘れていた話

こんにちは、チャイフ(@chaif123)です。

目標を見失ったまま大学入学

本来ならば、ここが未来のなりたい姿に向けてのスタート地点であるべきなのだろう。

しかし、大学合格をゴールにしていた僕は、ここで目標を見失った。ただ、単位を取るために大学に通っていたような感覚だ。

「こうあるべき」or周囲の意見で選択していた

基本的に自分が何をしたいかというよりは、周囲がどうするかを見てから、バランスを取るような選択をしていたように思う。

大学生活の大きな要素を占める選択を、周囲の意見で決めてしまった具体例を2つ挙げてみよう。

一人暮らしか実家通いか

まず、一人暮らしをするか否かという判断。結論は一人暮らしだったが、理由は「周りが一人暮らしするから」。「するものだから」とすら思っていたかもしれない。

後悔はしていないが、一回考えてからの方が、ありがたみを実感できたんだろうなぁ、と思う。

サークル選び

続いてサークル選び、これは高校から一緒に(?)入学した友人2人と話し合ったのだが、僕はほとんど意見は出さず、2人の意見に合わせた形だ。

これも後悔はしていないが、活動に対するモチベーションが変わったのかなぁ、と思う。

所属したサークルも、今から思っても非常に魅力的なサークルだったということもあり、ただノリで飛びついて行動しているだけでも、面白いことばかりで、後悔するような結果にはなっていない。

とはいえやはり、思考停止になっていたことは否定できない

例えば目の前に飲み会の誘いが来た時に、

  • 本当に参加したいと思っているか?
  • それよりも今したいことはないか?
  • 体力面やタスク的に後悔する可能性はないか?

自問する内容はどうあれ、考えるってことをもう少ししてもよかったのかな、と思うのである。

友達に「べき」で動いていることを指摘された

そんなこんなで日々を送っていた時に、ある同期の友達に、こんなことを指摘されたのだ。

やらなきゃ、で動いてる感じがする

やりたい、と思えることを自由にやったらいいんじゃない?

図星。その時僕がどんな反応をしたのかは忘れたけど、やんわりと刺さった。

それから、少なくともプライベートに関しては考えるようになった。

予定を入れる時に適当に返事せず、一度自分に聞いてみる、ということをするようになった。また、自分で面白そうな企画を思いついたら実行してみることもいくつかやった。

しかし結局、進学、就職も「べき」に屈した

だが、自分の人生のメインルートの取り方に関しては、考えもしなかった。

どこか他人任せだったのだろう。

誰かが助けてくれる。誰かが導いてくれる。

どこか先延ばしにしていたのだろう。

今は将来がわからないから学生を続けよう。今は将来がわからないから大企業にいこう。

名著「スタンフォード大学の超人気講座 実力を100%発揮する方法」によると、誰しも、心の中には物事の判断を勝手にしてる「裁判官」という存在がいるらしい。そして「裁判官」への最大の対策は、「裁判官の存在を認識すること」だそうだ。

僕はこれまでの人生、「裁判官」にいいようにされていた。

「今さら○○を仕事にするなんて無謀だ」

「○○しないと周りから何を言われるかわからないぞ」

ってね。

ひらめきラジオ20180618「素の自分を出せません」

その後、人生が変わる

社会人になった後も、しばらくはなんとなくで日々を過ごしていた。

会社に愛着があるかどうかは考えてなく、社会に価値を提供できるかも特に考えてなく、無難に日々を過ごしていた。

そうして1年ほど経ったとき、「ひらめきラジオ」を聞いた。

jMatsuzakiさん、F太さんの存在を知った。

ライフエンジンに出会った。

そして、人生が変わった。

To be continued…

(ひらめきメモは元々知ってた)

チャイフ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です