幸せな人生とはなにか

こんにちは、チャイフ(@chaif123)です。

人生の意義とはなんでしょうか。

僕には「”幸せな人生”を送りたい」という漠然とした願いがあります。これはこの世に生を授かった者としての権利であり、意義でもあるのではないかと思っています。

では”幸せな人生”とはなんでしょうか。

それは言い換えれば、死ぬときに「生きててよかった」と思える人生ではないでしょうか。そもそも”幸せ”なんてものは本人が決めることです。本人しか決められないことです。

死の淵に立ってその人の人生が「”幸せ”かどうか」も、本人が決めるしかないのです。

さて、ここからが本題です。どうすれば「生きててよかった」と思えるのでしょうか?

一言で言えば「人による」になってしまうでしょう。そしてそれを追及し続けることが、より具体性のある人生の意義なのだと思います。

今回はそんなことについて考えていきます。

かなり徒然なるままに書いているので、忙しい人は3-2から読んでもいいと思います。

答えはありません!

それでは!

人生の価値は本人だけが決められる

冒頭で述べたとおり、人生の価値というのは周囲が決めることではありません。ある人の一生をまとめた伝記を読んで「素敵な人生だ」とか「かわいそうな人生だ」と勝手に評価することはできたとしても、本人の経験を全て網羅できるわけではないし、その時々で感じた感情は共有できないためです。

周りの人から見たらほんの些細な出来事が、本人にとっては人生の価値を大きく左右する出来事になっている可能性もあるのです。

「生きててよかった」と思える人生とは?

では「生きててよかった」と思える人生とはなんなのでしょうか。

例えば一言で言える、「これに気をつければいい」という指標のようなものは存在するのでしょうか。

失敗がないこと?

失敗がない人生だったら、「生きててよかった」と思えるのではないでしょうか?これはおそらく不正解です。

例えば、失敗がなくてもそれ以前に挑戦が少なく、ひたすら無難な道で過ごしてきたらつまらないと感じるかもしれません。逆に失敗だらけでも、最後に振り返れば、「いろいろあったけどよかった」と思えるかもしれません。

後悔がないこと?

後悔がない人生だったら、「生きててよかった」と思えるのではないでしょうか?これもある意味正解で、ある意味不正解でしょう。

ある意味不正解というのは、『後悔がない』という状態になるのは不可能だからです。人生は大小の数え切れない失敗と後悔と反省から何かを学び、前に進んでいくものではないでしょうか。

そしてある意味正解というのは、あらゆることをひっくるめて『後悔はない』と思える境地に至ることができたら、「生きててよかった」の感覚はもう目の前まできているからです。

夢を叶えること?

夢を叶えることが「生きててよかった」になるでしょうか?あえて言うなら、「夢に挑み続けること」が近いかもしれません。

人生を過ごしていると、やりたいことをできないしがらみがいくらでも出てきます。それは環境かもしれないし人間関係かもしれません。それらの中で自分にとって大切なものを選び、ときには捨てる選択をしながらも、しがらみに負けずに自分の気持ちに正直な生き方を続けることが、人生の目的なのではないかと思います。

指標は自分で作るもの

「幸せな人生とは何か」。

この大きすぎる問いに対して、万人共通の答えなどありません。もちろん抽象度をあげたところで、「やりたいことをする」という表現も何かズレていると感じる人もいるかと思います。例えば、「何をするか」ではなく「誰とするか」が大きな意義を持っている人もいるかもしれません。「どこでするか」が重要な人もいるかもしれません。

そういえば、なんとなく旅に何を求めるかも似ているかもしれませんね。現地でする活動に重きを置く人、訪れる場所に重きを置く人、そのメンバーで行けることが満足でどこで何をしても楽しめる人と様々だと思います。意外なところにヒントはあるかもしれません。ちなみに僕は1番目です。

生き様

もしかすると、「これをやったから満足する」とか「これができなかったから後悔する」といった、正解を求めるような方向がそもそも間違えているのかもしれません。行動や目に見える結果には出てこない、いわば姿勢・生き様・個性・あり方といった、波乱万丈があったその長い長い人生全体があってこそ滲み出てくるようなものが幸せな人生につながるのかも…(いよいよわからなくなってきた)

ミッション・ステートメント

ちょっとカオスになってきたところで、いきなりめちゃくちゃ具体的な話をします。

終わりを思い描くことから始めるというのは、目的地をはっきりさせてから一歩を踏み出すことである。

ミッション・ステートメントを書くとき、あなたの人生での役割を明確にし、それぞれの役割で達成したい目標を立てれば、バランスがとれ、実行しやすいものになるだろう。by『7つの習慣』

スティーブン・R・コヴィー氏著『7つの習慣』の、第2の習慣「終わりを思い描くことから始める」の引用になります。

本書では、終わりを思い描くために「葬儀の場面を想像する」ことを推奨されています。

また、企業が向かうべき方向性を「ミッション・ステートメント」に明示して指標とするかのように、僕たち個人でもこの考え方を応用できるとしています。個人のミッション・ステートメントには、以下の要素を含めます。

  • どのような人間になりたいのか(人格)
  • 何をしたいのか(貢献、功績)
  • それらの土台となるような価値観と原則

自分の価値観と向き合い、人生において自分が目指すものが何なのか、あるべき姿を自分の言葉で表現するのです。僕も自分のミッション・ステートメントを明文化していますが、どこか感覚的にズレがあるような気がしていて、まだ研磨できる余地があると感じています。

ゴールテープを切ったらあとは走らなくていいような点的な目標ではなく、半永久的に目指していくようなイメージです。

終わりを思い描く

さて、取り留めのない文章を書いてきましたが、結局オススメする具体的なこととしてはミッション・ステートメントを書いてみることですね。あとは、自分の葬儀を想像し、「どんな人生だったら」と自分の遠い未来に想いを馳せ、それに対する現在地を大きな視点で観察してみることです。

「生きててよかったと思える人生」とか「今死んでも満足だと言える人生」に到達するためには、そこに向かい続けることが必要です。そのためにはハシゴを登る前に正しい目的地にかけることが必要です。そして、あなたの人生における「正しい目的地」は、あなたしか知らないのです。

それでは。

チャイフ

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